【WBC】伝説と語り継がれる2009年WBC第2回大会を振り返る

2009WBCで10回表の打席に立つイチロー

2017年3月6日からWBC第4回大会が開催される。

それに先立ち、伝説として語り継がれる2009年WBC第2回大会について振り返ってみたい。

決勝でのイチローの活躍ばかりが取り沙汰されるが、その裏には多くの苦悩があったことも忘れてはならない。

日本代表の試合結果

2009WBCにおける、日本代表(侍ジャパン)の試合結果は以下の通り。

ラウンド 日付 対戦相手 勝敗 スコア 場所
1次 3月5日 中国 4-0 東京ドーム
3月7日 韓国 14-2
3月9日 韓国 0-1
2次 3月15日 キューバ 6-0 ペトコパーク
3月17日 韓国 1-4
3月18日 キューバ 5-0
3月19日 韓国 6-2
準決勝 3月22日 アメリカ 9-4 ドジャースタジアム
決勝 3月23日 韓国 5-3

出典:2009WBC試合結果 – NPB

日本は決勝で韓国を破り、2大会連続の優勝を飾っている。

ちなみに韓国とは全部で5回対戦しているが、同一大会でここまで同じ国と試合をするのは異常だ。5回も対戦することになったのは、以下のような敗者復活方式のトーナメントを採用したためである。

2009年WBCトーナメント表

この方式だと、トーナメントで一度破った相手でも、敗者復活次第で再び対戦することになる。これが1次ラウンド、2次ラウンドともに採用され、韓国と同一グループだった日本は韓国と5回も対戦する羽目になったのだ。

決勝で顔合わせした時には、正直もうお腹一杯という感じであったが、それでも因縁の相手として「負けるわけにはいかない」という闘志が両国にたぎっていたように思う。

ちなみに2017WBC第4回大会においては、1次ラウンド、2次ラウンドともに総当たりのリーグ戦に変更された。どうやら敗者復活形式は不評だったようだ。(参考:WBC公式 – 日程&開催地

侍ジャパンの大会通算成績

2009WBCにおける、日本代表(侍ジャパン)の通算成績は以下の通り。

打者成績(打率順)

選手名 打数 打率 本塁 打点 OPS
亀井義行 3 1 1.000 0 0 2.000
川崎宗則 5 7 .429 0 1 .857
中島裕之 7 22 .364 0 6 1.062
内川聖一 6 18 .333 1 4 .956
城島健司 9 30 .333 1 4 .820
青木宣親 9 37 .324 0 7 .732
村田修一 7 25 .320 2 7 .939
稲葉篤紀 8 22 .318 0 0 .848
片岡易之 7 13 .308 0 1 .708
岩村明憲 9 28 .286 0 3 .774
イチロー 9 44 .273 0 5 .636
阿部慎之助 4 6 .267 0 0 .333
小笠原道大 9 32 .250 0 3 .564
福留孝介 7 20 .200 0 0 .607
栗原健太 2 3 .000 0 0 .000
石原慶幸 1 0 .000 0 0 .000

出典:2009WBC個人成績 – NPB

上記成績を見てもらえば想像がつくと思うが、スタメンで出場していた選手の中でもイチローの成績はすこぶる悪く、中島、城島、青木、村田といった選手達が活躍の中心であった。ちなみに野手で大会ベストナインに選ばれたのは青木のみである。

投手成績(防御率順)

選手名 防御率 投回 自責
杉内俊哉 5 0 0 0.00 6.1 0
藤川球児 4 0 0 0.00 4 0
山口鉄也 4 0 0 0.00 2 0
岩田稔 2 0 0 0.00 1 0
渡辺俊介 2 0 0 0.00 2 0
小松聖 1 0 0 0.00 2.2 0
岩隈久志 4 1 1 1.35 20 3
ダルビッシュ 5 2 1 2.08 13 3
松坂大輔 3 3 0 2.45 14.2 4
涌井秀章 3 1 0 2.70 3.1 1
内海哲也 1 0 0 3.38 2.2 1
馬原孝浩 5 0 0 3.60 5 2
田中将大 4 0 0 3.86 2.1 1

出典:2009WBC個人成績 – NPB

投手陣は松坂大輔、岩隈久志が優秀選手に選ばれており、特に松坂は2大会連続の最優秀選手に輝いている。他にも杉内がリリーフで抜群の安定感を見せるなど、全体的に良好な成績であった。

伝説の決勝タイムリー

2009WBCというと、10回表のイチローの決勝タイムリーしか記憶にない人もいると思うが、実はこの試合前までのイチローの打撃成績は非常に悪い。

イチロー 打率.211 0本 3打点 OPS.500(決勝前)

打率2割前半の打者を全試合1番で起用し続けた原監督も凄いが、実際にプレイしていたイチローにかかる重圧は想像を絶するものだっただろう。第1回大会での活躍があるだけに、日本代表にとってイチローは欠かせない存在になっていた。

ちなみによく誤解されるのだが、イチローがビッグマウスだったのは2009WBCではなく、2006WBC第1回大会のことである。「”向こう30年は日本に手は出せないな”という感じで勝ちたいと思う」「野球人生で最も屈辱的な日(※2次リーグで韓国に敗れた際)」など、勝ち気な言動が目立った。

2009WBCでは「韓国との力の差は紙一重でしょう」と発言するなど控えめな態度であったが、それでもこれだけ打てないとなると、「イチローを外せ!」などのバッシングの声も少なくはなかった。

決勝タイムリーまでの流れ

決勝戦では、9回裏3-2と日本がリードする場面で、ダルビッシュ有が抑え投手として登板。優勝への期待が高まる中、まさかの同点に追いつかれてしまう。この時のダルビッシュの心境を考えると本当に胸の詰まる思いだが、その後すぐにイチローのあのタイムリーが生まれることになる。

イチローの伝説的タイムリーヒットが生まれた要因は大きく3つある。

  1. イチローが決勝まで絶不調だったこと
  2. 9回裏の土壇場で同点に追いつかれたこと
  3. イチローが最終打席で7球も粘ったこと

まず、イチローが今大会絶不調だったことから、「勝負を避けられる」ということが無くなった。同点の10回表2アウト2,3塁の場面。普通に考えれば一塁が空いているのだから敬遠して然るべきだが、続く中島が絶好調なのに加え、イチロー自身が絶不調だったものだから、勝負を避ける理由が無かったのだ。

また、9回裏にダルビッシュが追いつかれたことも大きい。そのまま勝っていればあの場面は生れなかったし、一度掴みかけた勝利が手から零れ落ちたことで、逆転劇のドラマ性が高まったのだ。

そして、タイムリーを放った打席においてイチローが粘った7球。見るものすべてに「打つのか?打たないのか?」と思い巡らせる時間を作り、会場中のボルテージがどんどん高まる中で、最後の最後にあの芸術的なセンター前ヒット。

ここまで出来すぎた筋書きを私は見たことがない。

逆境を跳ねのける値千金のタイムリーに思わず両手を突き上げたし、直後に見せたダルビッシュのガッツポーズに胸が熱くなった。

こんな手に汗握るドラマチックな展開が、世界一を決定する舞台で行われたのだから、球史に残る伝説となるのもうなずける。イチローが絶不調だったからこそ、ダルビッシュが同点に追いつかれてしまったからこそ、これだけの名場面に仕上がったと言えるだろう。

手放しで褒められる内容ではなかったかもしれないが、それでも、いやだからこそ、今までの野球ファン人生の中で最も印象深いシーンになっている。